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カテゴリ:原付旅行記
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HAKASHE&Hの原付九州旅行記Ⅱ ~寒いんだよ、何処へ行かふと~ Part.7
「?」

1、2時間ごとに目を覚ましながらも寝る。寝たり起きたりを繰り返していると、なぜAM5:35発のフェリーにしなかったのか疑問が生じてくる。しかし、Hは寝ている、それを起こして提案するのもどうかと思い、無理やり自分の中で理由を付け諦める。このときHも同じだったらしい。私が起きていたときHが寝ており、Hが起きていたとき私が寝ていたためすれ違いが生じたようだ。

ともあれAM9:45、フェリーに乗り込み四国に出発。

PM0:20分、八幡浜に到着。走り慣れた四国の道を走る。ただひたすら走る。ただ自分の家に到着することだけを考えて。途中、道の駅「ゆすはら」にて食事。この旅で一番まともな飯だった・・・

PM6:19、自宅に到着。

総走行距離:1400km
交通費:¥10321(内フェリー¥6770)
食費・雑費:約¥20000
by doctor6295 | 2005-01-03 16:32 | 原付旅行記


HAKASHE&Hの原付九州旅行記Ⅱ ~寒いんだよ、何処へ行かふと~ Part.6
「姫だるま」

1月2日AM6:30、起床。この日は、この旅一番の冷え込みでマイナス2℃であった。さすがにこんな寒い中走る気などないので、多少気温が上がるのを待っていると、おじちゃんに話しかけられ、色々話しをし、コーヒーまでご馳走になった。やはり、九州の人々は優しい。

AM8:30、出発。

多少気温が上がったとは言え寒い。山間部に入り込むとグンと気温が下がり厳しさが増す。

PM9:00、道の駅「宇目」に到着する。Hが霜焼けにかかってしまい治るまで休憩。私は北国生まれであるためか、いたって平気。30分ほど休み出発。

途中、道の駅「きよかわ」で朝食「から揚げ」を食べ、AM10:30道の駅「原尻の滝」に到着。この道の駅では正月ということで、甘酒とお汁粉を無料で振舞っていました。無料ということなのでお汁粉を2杯頂きました。このお汁粉は餅というより団子に近いお餅が入っており、この地方では一般的であるそうだ。そのことから、団子汁とも呼ばれることもあるようだ。

満腹になり、ナイアガラの滝を彷彿とさせる原尻の滝を眺める。滝の持つ迫力と美しさに圧倒された。ちなみに、この道の駅でミスターと魔人ふじむらがゆで餅対決をしたそうです(後藤さんから教えていただきました)。

AM11:00、「荒城の月」の舞台とも言われる岡城址へいくが、正月のため休業なので5分ほどの休憩のみで立ち去りました。

PM0:00、「後藤姫だるま工房」に到着。

到着し看板などを撮影していると、後藤久美子さんが出てきて優しく声をかけていただき、作業所へ上がらせていただきました。

部屋にあがると、静岡から電車を乗り継いでやってきたという静岡どうらーの方もお見えになっておりました。その後、後藤さんや静岡どうらーと楽しい会話をし、どうでしょうの裏話やふじやんのお母様の話などを聞かせてもらう。

そして、全国どうらー生息地図という日本地図に血液型別に色分けされたピンを刺す。なんと、名寄どうらーが私の他にも一名いたのだ!あいにく、私の知っている方ではなかったが、同郷者がいるというのはなんとも不思議な感覚である。

その日本地図を眺めていると、「水曜どうでしょう」という番組はすごい力を持っているんだと感じる。北は言うまでもなく北海道稚内、南は小笠原諸島(自衛隊員だそうです)、沖縄と日本全国に生息している。そして、その番組を見た人たちがこの後藤姫だるま工房に訪れ、交流をしていくことができるとは。普通のテレビ番組では考えられないことだろう。

後藤さんから、近くにある白水ダムを勧められ、明るいうちに見物しに行くことに。

PM3:30、白水ダムに到着。人工の滝であるがなんとも見事な滝である。看板には日本一美しいダムと書いてあったが、それもうなずけるほどの綺麗さ、迫力、そして上からのぞきこむと引き込まれそうになる不思議な感覚。

白水ダムを見終え、後藤姫だるま工房へ戻る途中、Hが!雪にタイヤを滑らせ転倒!!幸いにも、軽い打ち身と服を少々破る程度で済んだ。

PM4:00再び姫だるま工房に到着。後藤さんにゆで餅などを食わせていただく。どうでしょうでふじやんがこのゆでもちを6枚食っていたが、アレは一般人には無理!魔神ふじむらだからこそできる業だ!普通の人は一枚で軽くお腹が張るもの。

PM4:30、後藤さんとどうらーの皆様方に見送られ出発。もっともっといたいと思ったが、日程にも限りがあり、峠では雪や凍結も心配されるので後ろ髪を引かれながらも出発。

国道442号を走り別府へ向かうが、前を走る車が続々と県道412号へ流れていく。不思議に思いながらも国道を走っていくと、急に道が狭くなり、雪が積もり、街灯がなくなった。このまま走るのは無理と判断し、Uターンし県道に望みをかけてみる。すると、県道は道幅広く、雪は積もっていない。

PM8:30、別府のフェリー乗り場に到着。翌日のAM9:45発のフェリーを予約し、温泉に入りに行く。

「かっぱの湯」に到着。雰囲気が良くないためパス。
「高等温泉」に到着。ここもパス。
「観音寺温泉」へ。ここはホテルや旅館ばかりが建ち並びどこが良いか分からぬのでパス。
いい加減別府という大観光地に嫌気が差しつつも、遅くまで営業している温泉を探す。
「スーパー温泉みちのくの湯」で妥協し温泉に入る。休憩室はAM0:00で追い出されたので、フェリー乗り場の休憩所に移動し、ベンチに横になり、寒さに身を震わせながら就寝。
by doctor6295 | 2005-01-02 16:26 | 原付旅行記


HAKASHE&Hの原付九州旅行記Ⅱ ~寒いんだよ、何処へ行かふと~ Part.5
「謹賀新年」

2005年1月1日AM5:00、起床。

テントから出てみると原付が移動していた!

駐車スペースに原付を二台止めていたのだが、おそらく邪魔だということで私達の原付が持ち上げられ移動させられていたのだ・・・多少の憤りを感じるも新年早々そんな気持ちでいるのも嫌なので、気持ちを切り替え、テントを片付け温泉へ。

開店早々の「お船出の湯」へ入店し、入浴。初日の出を湯船に浸かりながら拝む。湯から上がり、売店にて年越えソバを食べる。

AM9:00、心身共に温まり出発。

高千穂まで続く美しい景色を横目に見ながら走り、PM0:00高千穂に到着。

天岩戸神社や高千穂神社、高千穂峡を観光。特に高千穂峡の絶景に息を呑む。言葉や写真では表せぬほどの景色に感銘を受け、時が経つのを忘れるほどこの美しい景色を堪能した。


PM2:00、本日の宿泊地道の駅「北川はゆま」へ向かう。向かう途中も素晴らしい景色を横目に見ながら走る。

PM5:30、道の駅「北川はゆま」に到着。翌日の予定を決め、ルートを考えていると、この道の駅に泊まったのは失敗だったことに気付く。翌日は竹田市に向かうことになったのだが、高千穂から直接向かったほうが明らかに近いのだ。しかし、日が暮れてから走る気はまったくない二人は諦めてここで宿泊することに。

PM9:00就寝
by doctor6295 | 2005-01-01 16:25 | 原付旅行記


HAKASHE&Hの原付九州旅行記Ⅱ ~寒いんだよ、何処へ行かふと~ Part.4
「行方不明」

12月31日AM7:00、起床。辺り一面霧に包まれており、霧島という名は伊達じゃないことを実感。

この道の駅は他にも10台近くの車が泊まっていた。近くに泊まっていたキャンピングカーの夫婦に話しかけられ、コーヒーをご馳走になる。元京都府警の鹿児島県出身のおじさまから色々とお話やアドバイスや声援を頂き、やはり九州人は暖かい人が多いのだなと感激し出発。

AM9:30、霧島神社に到着。神社は新年を迎える準備で忙しそうで、あらためて年が暮れ行くことを感じた。霧島神社で2004年最後の参拝をし、AM10:00霧島高原展望台へ向け出発。

AM10:30、霧島温泉郷の手前にある「丸尾の滝」を滝壺近くまで行き滝の迫力に興奮する。

滝を後にし霧島展望台へと向かうが、展望台が見つからない。展望台の看板の一つすら見つからないのだ。地図には載っているのに。展望台は諦め、「えびの高原」へ向かう。

えびの高原へ向かうと標高が徐々に高くなり寒さが厳しくなる、そして路肩には雪が見え出してきた。えびの高原に到着するが寒さのため一刻も早く下山したい、そう思い韓国岳脇を抜け小林市へと向かう。

さすがに、過酷な状況下で走らせ続けた原付がここにきて悲鳴を上げ始める。坂道でスピードが上がらなくなったのだ。急にギアが抜けたかのような減速、仕舞いには止まってしまう。

何とかだましだまし進んでいると、背中に「トン」と衝撃が。振り返ってみると荷物をくくっていたゴムが切れ寝袋が落ちてきたのだ。慌てて原付を止めると、寝袋はコロコロと道路を転がっている。車に惹かれては一大事と急いで拾いに行く。寝袋を拾ったので改めてくくろうかと思っていると、ゴムが真っ二つに切れてその片方が紛失(後で気付いたが濡れたタオルをゴムに引っ掛けていたためタオルも紛失していた)。ゴムが切れたと思わしき場所まで駆け足で下りてみるが、ゴムらしきものはない。思案に暮れているとHが予備のゴムを持っていたのでそれを借りることに、少々短いがなんとか荷物をくくりつけ出発。絶景だがあまりの寒さと道路にある雪のため、景色に見とれている余裕もなくし、ただ下山することに全力を注ぐ。

PM0:00、道路に雪もなくなりだいぶ寒さも和らいだだめ「出の川公園」にて休憩。これから先のルートを決め、出発。

小林市にて給油した後、綾町に向け出発。綾町に抜ける県道26号線へ差し掛かると看板が「崩土のため当分の間全面通行止。11km先バリケード設置、綾町には抜けられません」・・・なんじゃこりゃ~~~~~!!!!!

あまりのことに意気消沈するが気を持ち直し、途中にあった「陰陽石」と「三ノ宮峡」を観光することに。

「陰陽石」は、自然が生み出した奇岩である。男性と女性の生殖器にそっくりなのだ。あまりのインパクトに通行止めの件などすっかり忘れ、奇岩を楽しむ。

そのすぐそばにある「三ノ宮峡」へ行く。なかなかの素晴らしい景色だが、いかんせん陰陽石のインパクトが強すぎ三ノ宮峡の魅力が薄らいでしまう。

観光した後、明日観光する「高千穂」へ少しでも近づこうと走る。何も見ずにただ走る。寒さに心底嫌気が差しつつ走る。

PM6:30、道の駅「日向」に到着。この道の駅には温泉が隣接されているので、冷えた身体を癒すため温泉へ入ろうとするが、「PM6:00にて閉館、翌日AM6:00から営業」との看板が・・・とりあえず飯を食べようと、近くを散策するが大晦日のため閉店ばかり。しかたなく原付に乗りコンビニを探し、食事をとる。

道の駅「日向」に戻りテントを建てるが、ここは海に隣接しており初日の出を見にくる派手な車を乗りこなすお兄様・お姉さま方が続々と集結。しかし、たいした騒ぎもないためPM9:00就寝。

来年こそは良い年でありますようにと祈りながら。
by doctor6295 | 2004-12-31 16:20 | 原付旅行記


HAKASHE&Hの原付九州旅行記Ⅱ ~寒いんだよ、何処へ行かふと~ Part.3
「砂むし温泉」

12月30日AM8:00、起床。今日も朝は曇天模様。まずは桜島をバックに写真撮影。準備を済ませ出発、フェリー乗り場に着くや否や乗船手続き。とは言っても高速道路などの料金所のようなゲートでお金を払うだけのシンプルなもの、切符もなし。鹿児島市内へ出航。

AM9:30、わずか15分ほどの船旅を終え鹿児島市内へ。近くのコンビニに寄り朝食。

PM11:30、指宿市へ到着。指宿は砂むしで大変有名な場所なので、さっそく有名な砂むしを楽しむために「砂むし会館砂楽」へ。

カウンターでお金を払うと砂むし専用の浴衣を渡され、さっそくそれに着替え海岸へ(着替えるといっても、着ている枚数が枚数なだけに脱ぐだけで大変時間がかかる)。

海岸へでると驚くことに、砂浜から湯気があがっているのだ。どんなものかと期待に胸膨らませ、おばちゃんに促されるままに砂に埋められる。

埋められて数分後、汗がじんわりと出てくる。約20分後、背中や腰周辺が熱くなり我慢できなくなったため砂から這い出る(なんとなくセミやカブトムシの気持ちがわかる気がする)。砂だらけになった身体をシャワーで洗い落とし、温泉へ。温泉から出、着替えをした後、再び海岸へ。海に触れると暖かい。これは海岸に自然湧出する温泉のためであるようだ。

ここで、ちょっと砂むし温泉について。
天然砂むし温泉(砂むし会館砂楽に置いてあったパンフレットから抜粋)
世界で唯一の天然砂むし温泉は、海岸に自然湧出する豊富な温泉を利用して行っています。
天然砂むし温泉の泉質はナトリウム塩化物泉で、鹿児島大学医学部が入浴効用について医学(学術)調査を実施したところ、神経痛・リウマチ・腰痛・五十肩・膝関節症・脳卒中後麻痺・骨折・冷え性・更年期障害などの痛み、また、最近では全身美容のために若い女性の利用も多く、外国人には和風サウナとしても好評を得ています。
「しら波の 下に熱沙の 隠さるる 不思議に逢へり 揖宿に来て」(与謝野晶子)

PM1:30、指宿の砂むし温泉を堪能したが時間があるので薩南をも堪能することにしました。

まずは薩南富士と名高い「開聞岳」の見事な円錐に感銘を受ける。
その後、イッシーで一躍有名(?)になった池田湖へ。1月9日には菜の花マラソンが開かれるだけあり、菜の花が満開であった。春の代名詞菜の花を冬の寒空のなか見ることができ、なんとなく春の気持ちに浸ることができた。

PM2:30、池田湖の菜の花を満喫し、本日の宿泊予定地である道の駅「霧島」へ向かう。市内に入り渋滞に巻き込まれたので、車の脇を走っていると、

車の間から右折車が!!

先頭を走るHが!

だが、当たることなく無事にすむ。その後は何の問題もなくPM7:30、道の駅「霧島」到着。

PM9:00、翌日は雨の予報だったので屋根のある場所にテントを設営し就寝。

だが、AM0:00、途轍もない風雨がテントに吹き付ける。

屋根のある場所にテントを建てた意味がないくらいの風雨に見舞われ風の音と強風でテントがめくり上がるので寝られず、原付が倒れないかと心配で寝られず。結局、風雨が収まったのがAM4:00頃、ようやく改めて就寝。
by doctor6295 | 2004-12-30 16:18 | 原付旅行記


HAKASHE&Hの原付九州旅行記Ⅱ ~寒いんだよ、何処へ行かふと~ Part.2
「日南海岸」

12月29日AM7:30、眠気と寒さが襲っていたが起床。

ルート確認などの準備をし、AM9:00「北川はゆま」を出発。起床時は曇天模様だったが、出発時には晴天となり気分良く出発。横目に光り輝く綺麗な海を眺めつつ宮崎県の道を走る。

PM2:00、宮崎県有数の景勝地「青島・鬼の洗濯岩」を観光。一昨年もここを観光したが、やはり美しい景色は何度見ても美しい。

どうでしょうでもおなじみの「サンメッセ日南」のモアイ像を見学しに行く。しかし、入場料がいるようなのであっさりとUターン。

PM6:30、鹿児島県の道の駅「くにの松原おおさき」に到着。この道の駅には温泉があるので、1日ぶりの入浴。冬の寒さにすっかりやられていた二人は温泉という素晴らしいものを改めて認識したのだった。

PM8:30、「くにの松原おおさき」を出発。本日の宿泊予定地道の駅「桜島」へ向かう。桜島への道は広く車も少ないため快走。

PM11:00、道の駅「桜島」に到着。最高の設営場所はすでに自転車で旅をしている人に占拠されていたので、駐車場の端にテント設営。桜島フェリーの音を聞きながら就寝。
by doctor6295 | 2004-12-29 16:15 | 原付旅行記


HAKASHE&Hの原付九州旅行記Ⅱ ~寒いんだよ、何処へ行かふと~ Part.1
「旅は柔軟に」

12月28日AM9:00、Hが我が家にやってくる。
着替えや荷物を原付にくくりつけるなどの準備をし、AM9:30いざ初日の目的地高知県宿毛市を目指す。

この日は見事な晴天で気温も比較的高い。そんななか気持ちよく高知の道を走っていると、AM10:30忘れ物をしたことに気づくが面倒なため戻るのを諦めそのまま走ることに。ちなみに、忘れ物は「携帯の充電器、カメラ、タバコ(LARK)4箱」でした。携帯の充電器はコンビニで電池式のものを買うことにし、カメラはHのデジカメで撮影するので問題は無い、もちろんタバコもコンビニ等で買うことができるので問題無し。

PM1:00頃、佐賀町白浜海岸のキレイな景色を眺め、写真撮影をし、いざ「いろりや」へ。

PM2:00頃、「いろりや」到着。昨年にも食べたおいしいうどんに舌鼓をうち、機嫌良く本日の宿泊地となる予定である宿毛市へ向かう。

PM4:00宿毛フェリー乗り場へと着く。事前の予定ではここ宿毛市に宿泊する予定であったが、「初日で県を越えないのはどうだろう」、そして「九州に到着しておけば明日からのスケジュールが楽になる」という話し合いの結果PM11:30発のフェリーに乗り込むことにした。しかし、結論が出たのはPM5:00、乗船手続きまでの5時間半も暇をもてあますことになった。

PM6:00、今のうちに少しでも寝ておこうと道の駅「すくも」にてテントも張らずに芝生に横になり寝ようとする。
しかし、昼ならいざしらず年末の日も暮れた海沿いでは寒くて寝ることはままならぬ。そのため、場所を暖かいフェリー乗り場の休憩所に移し、一時の安眠を得ようした。

Hは寝息をたてていたが、時間も早く初日であるがため疲労も少ない私は寝ることができずTVをただぼんやりと眺め、乗船手続きが始まるのをただひたすら待つことに。

乗船手続きを済ませると、宮崎県出身の高知県へ単身赴任しているおじさんに話しかけられ、九州の様々なことを聞くことができた。

PM11:30、フェリーに乗り込むと先ほどのおじさんにカップラーメンをご馳走していただき、初日にして人の優しさに触れることができた。空腹が満たされたので出航早々就寝。

29日AM2:30九州大分県佐伯市のフェリー乗り場に到着。

小雨が降るなか国道10号線を走ると雨が強くなり、寒さも身に凍みてくる。

真っ暗な道にオレンジの反射板が点々と続いているのをぼんやりと見ながら走っていると、まるで催眠術にかかったかのような感覚に陥り、今がどこでいつから走っているのかがわからなくなる。そんな感覚に陥りつつもひたすら宮崎県北川町の道の駅に向かう。

AM4:00寒さに震えながらも道の駅「北川はゆま」へ到着。寒さによる震えが止まるのを待ち、テントを建て体力を少しでも戻そうと就寝。
by doctor6295 | 2004-12-28 16:10 | 原付旅行記


第6回 HAKASHEの原付日本周遊記Ⅲ ~僕は生きてます。~Part.11
8月23日「急遽」

AM7:00起床。連日の雨に嫌気がさしつつも、さっさと荷物をまとめ出発。

AM8:00那智の滝へ到着。

那智の滝は日本一の落差をもつ滝です。なんとも見事な滝に感動を覚えるが、雨が強くストレスが溜まる・・・

那智の滝を後にし、太地町へ向かう。今まで鯨を食べたことがなかったので、太地町名物鯨料理を食べることに。

AM11:00、さっそく鯨を食す・・・うむ、うまい!しかし、高いなぁ・・・値段以上の味ではなかった。

お腹もいっぱいになったので、日本三名泉の1つに数えられる「白浜温泉」へと向かうが、雨がさらに強まり、さすがの俺も我慢の限界がやってきた。

「もう帰る!!!!白浜温泉もホロホロ鳥もいらん!!帰る!!!」

と急遽高知へ帰ることを決めた。

今日中に高知へと帰るためには和歌山港PM5:00発のフェリーに乗らねばならない。しかし、時間はPM1:00、和歌山港までは130kmほど!原付ではギリギリの時間である(原付では1時間に30kmほどしか進めません)。

休憩もせず、ひたすら走る!雨にも風にも夏の寒さ(ホントに寒かった)にも負けずひたすら走る。

その甲斐あって、PM4:45和歌山港到着。無事にフェリーに乗るが、びしょぬれになり寒い・・・疲れが溜まっており、しんどい・・・とか思っているうちにPM7:00徳島港に到着。

徳島に着くと雨も弱まっており、安心して高知へと走っていると!滝のような雨!!岐阜の時よりも凄い!!!走行困難と感じ道脇に停車する車も多々みられる。そんななか、前も見えないなか激走!!道の駅に着くまでとにかく激走!

PM8:30なんとか無事に道の駅に到着。
もちろん道の駅自体は閉まっているため、トイレにて携帯の充電をしつつ休憩。PM9:00休憩を終えると小雨になっていたので、いざ高知へ。

その後、小雨が降っているなか激走。

AM0:35やっと自宅に帰還。予定していた旅期間よりも3日間も短くなってしまったが、なかなかのいい旅であった。

おしまい♪

追伸 翌日からは快晴だった・・・
by doctor6295 | 2004-08-23 16:05 | 原付旅行記


第6回 HAKASHEの原付日本周遊記Ⅲ ~僕は生きてます。~Part.10
8月22日「駒大苫小牧!!!」

AM7:00、無事に目が覚めたことに幸せを感じつつ起床。

今年世界遺産に認定された、熊野古道を歩こうと熊野本宮大社へ。

しかし、ここ数日雨が降っており、今日も雨が降っているため歩くのを止め、本宮大社を参っただけでここを後にする。熊野本宮大社にはヤタガラスが奉られており、交通安全の効果があるとのことなのでお守りを購入。

ここで、熊野古道について少々。
熊野古道とは、平安期に始まった熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと詣でる道のことです。熊野古道は、京都を出発点に大阪府内、和歌山県の田辺市付近まで縦断する「紀伊路」、そこから熊野三山まで海岸線を往く「大辺路(おおへち)」、紀伊半島を横断する「中辺路(なかへち)」、高野山と本宮をつなぐ「小辺路(こへち)」がある。さらに、伊勢から入る「伊勢路」、奈良県吉野とつなぐ急峻な山道は「大峯道」と呼ばれている。古道周辺は、今でも手付かずの自然が多く残る環境である。昔から、神々が宿る特別な地域と考えられていた。神道や仏教、さらには修験道や真言密教などというまったく違ったものを、老若男女区別することなく受け入れ、今日まで参詣道として歩かれてきた道です。そのことから、世界遺産に認定されることとなりました。

昨日の疲れを癒そうと、本宮近くの渡瀬温泉へ行くことに。この渡瀬温泉は西日本最大の露天風呂があり、のびのびと疲れを癒す。

この日は甲子園決勝戦があり、道民の遠い夢であった深紅の優勝旗が目の前にまでやってきた。そんな試合を見ないわけにはいかない!ということで、テレビを見ることのできる道の駅までいき観戦。

テレビの前に座り込み、歓喜し、悔しがり、涙しながら見つづけ、そして最後の1球を見守る・・・

見事に春の王者済美をくだし深紅の優勝旗が津軽海峡を越え北海道の地に渡ったのだ!!!

あまりの感動のため、道の駅であるにもかかわらず号泣。

原付に乗り、海岸線を走るも涙があふれて前が見えづらい。
近くのコンビニに停車し、友達に感激のメールを送りながら涙が止まるのを待つ。

涙が止まり、観光しようと「鬼ヶ城」へ行ってみるが、連日の雨により地盤が悪くなっており、立入禁止・・・しかたなく、七里御浜を眺めつつ走行。

昨夜泊まった道の駅にまた舞い戻り、駒大の優勝記念として、ビールを買いテント内にて酒盛りw

喜びに包まれつつ就寝。
by doctor6295 | 2004-08-22 16:00 | 原付旅行記


第6回 HAKASHEの原付日本周遊記Ⅲ ~僕は生きてます。~Part.9
8月21日「恐怖の山道」

AM6:00起床。すぐさま、荷物をまとめ出発。

AM7:00、伊勢神宮(内宮)へ到着。
早朝であったため、人は少なく、空気も澄んでいるなか参拝。さすが、天照大御神を祀るだけあり、なんとも厳かで、神聖な場所である。その後、月読宮や月夜見宮、伊勢神宮(外宮)を参拝する。どれも、写真では決して伝わることのない神秘的な雰囲気が漂い、とても素晴らしい!

伊勢神宮(外宮)を参拝する前に、お腹も減ったので伊勢名物「伊勢うどん」を食べることに。麺は溶けてしまうほどの柔らかさコシなんてあるわけねぇ、ツユもといタレは醤油に近い味。まずくはないのだが、好きな味ではない。やはり、うどんは「讃岐うどん」だな!!

参拝も終わり、食後のデザートと称して「赤福」を食べることに。甘い!うまいが、甘すぎる!これは、酒飲みのおっちゃんにはきついわ~・・・1つ目、2つ目はなんとか食べきったが、3つ目に手を出すのは苦痛だった・・・

観光客も増え、人ごみが出来だしたので(たくさん人はいるのに、可愛い娘・美人はおらんかった・・・)伊勢市を退散し、浜島町にて郷土料理「てこね寿司」を食べる。なかなかのおいしさだが、感動を覚えるほどではない。やはり、北海道の海の幸が一番だな!

PM3:00をまわり、今日の宿泊地を探すために走り出す。翌日は、熊野本宮大社を参拝する予定なので、なるべく和歌山県へと近づきたかった。

PM7:30、国道42号線沿いの三重県のある道の駅に到着。
しかし、この道の駅から和歌山県境までは50kmほど、本宮大社までは7,80kmほどある。早朝に参拝をしておきたかったし、雨もやんでいたので、もう少し走ろうと考えてしまった・・・ここでの判断が後々、自分の身を危険にさらすとは思ってはいなかった・・・

向かった道の駅までは約30km。しかし、そこまでの道は国道ではあるが山道であるために、道幅がとても狭い!ワゴン車が1台なんとか通れるほどの狭さ。さらに、街頭は少なく、カーブも多く厳しい。だが、前後に車がいたため、さほど苦にはならず道の駅に到着。

だがしかし!この道の駅、テントを張ることを禁止していた!しかたなく、近くのキャンプ場へ向かうが、家族連れの楽しそうで暖かな声が辺りに響いていた。寂しい1人旅をしている俺にとっては、この声が苦痛でしかなく、いたたまれなくなり(お金もかかるし)このキャンプ場も後にする。

ここで泊まることができなくなったため、約30km先の道の駅に向かう。

だが!この先の道が恐怖そのものだった・・・
道は先ほどの道よりもさらに狭く厳しく、路面もところどころ穴が開いている。街頭はないに等しいし、ガードレールすらも少なく、落石なども見られる、もちろん民家なんて見えはしない。右側は山肌が荒々しくあらわになっており、所々湧き水が・・・そのうえ、左側は谷底が俺を飲み込もうとしている。そんな道を夜に走る車は、前にも後ろにも対向するのもいない。俺の視界は、原付が照らす心もとない弱い光のみであるが、この光以外に頼るものはない。
たまにあるトンネルは車1台がやっとの狭いトンネルで、明かりもない。しかも中は濃霧がかかっており、視界は1mあるかないか(心霊スポットなどに出てくるトンネルを想像してください)。さらには、道案内の看板すらなく、自分は何号線を走っているかもわからなくなる(見える看板は「落石注意」と「路肩弱し」のみ)。そんななか、必死に恐怖と戦いながら1時間ほど走ると(人生の中で1番長い1時間だった)、民家・街頭・車が見え始め、恐怖との戦いは終わった。
そして人がいるという空気に感動を覚えたのは初めてだった。

これまで、幾度となく死ぬと思ってきたが、今回のように目に見えない恐怖というのはなく、本当に怖かった。一歩間違えれば谷底に落ち、この文章を書くことはおろか、身体すら見つかることはなかったかもしれないのだから・・・

PM11:00、無事に眠りにつけることに感謝をしつつ、震えながら就寝。
by doctor6295 | 2004-08-21 15:53 | 原付旅行記

    

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